夢片
今年のクリスマスプレゼント、サンタさんにお願いしておきなさいね。
柔らかい、母の声を思い出す。
どんなに強く願ったとしても、誰にも叶えられぬと判っているのに。
何ごともなく、その年のクリスマスが終わりを告げた。去年は血のざわめきが治まってくれず、
事務所と言わず総ての部屋を目茶苦茶にした。それでも建物自体は無事だったことを、改装を
頼んだ業者に思い切り不思議がられた程だ。
クリスマスは、昔から駄目だった。何が駄目とはっきり言葉にすることは出来ないが、あえて
言うなら心が――――いや、頭がおかしくなりそうなのだ。
じっとしておれず、去年のように目につくものを手当たり次第に壊すだけならまだましで、
その前などは一晩に何人とも寝た。皆、名前すら知らぬ行きずりだ。最低な夜が明けてもなお、
見知らぬ部屋で見知らぬ男に犯されている自身がいて、他人事のように嘲笑ったものだ。
しかし今年は、意外な程何もなく済んだ。久々に悪魔絡みの仕事があったからか、そのあたりの
理由はダンテ自身にも判らない。別段、去年と変わったことなどなかったのだが。
と言っても、いつものように眠れなかったことは確かだ。
父の形見である大振りな剣を抱くように床に座り込み、夜明けを待った。その間にもし
去年までのようなことがあれば、この剣で自分を刺すつもりだった。心臓を貫いても死なぬ躰では
あるが、壁に縫い止めればしばらく動くことが出来ない筈だ。
余計な破壊をして、また無駄な金を使うのは嫌だったし、それ以上にこの事務所を壊してしまい
たくなかった。そんなことをするくらいなら、自分で自分に釘を打つこと程度、いくらでも
出来る。
大事なものはもう、何も壊したくない。
ぎちり、と抜き身の剣の柄が軋んだ。はっきりとした自我こそ持ってはいないが、これもまた
魔界の鉄と炎で打たれた剣だ。こうして稀に、自我の片鱗を見せることもある。
ダンテは剣の身を宥めるように撫でた。
「大丈夫だよ。見てたんだから、知ってるだろ?」
ぎちり。柄に施された髑髏の装飾が、また軋む。
「釘代わりにしようとしてたのは、謝る。でも何にもなかったんだ。そう怒るなよ」
そういう問題ではない。そう、怒鳴る声が聞こえた気がした。それはこの剣の声ではなく、
もっと――――そう、懐かしい声だ。
ぎち、
剣が軋む。ダンテは剣の腹に額をあてた。
「……ごめん。でも、どうしようもねぇんだ」
何が、とは言わず。二つの硝子玉から流れ出した塩辛いばかりの水が、顎から滴って剣を
濡らした。止まらない。何故かなど知らない。ただ、流れる。
「……どうしたら良いんだよ……」
誰に訴えているのか、何を訴えているのかも判らない。ただ、水が止まらない。
それだけのこと。
今年のクリスマスは、何ごとも起こらなかった。自身を串刺しにせずとも済んだ。
それなのに。
「あぁ……」
こんなにも、哀しい。
クリスマスになると思い出す。優しかった母の、柔らかな声を。
お願いなんて、毎年同じ。
叶わなくなる日が来るなんて、しらなかったから。
クリスマスプレゼント、ちゃんとサンタさんにお願いした?
うん、したよ、母さん。
でもね、母さん、
サンタさんなんて、ほんとはいないんだよね……?
叶わない願いを抱いて、切に祈る。
祈る先に在るべき神は、もうどこを捜してもいないことくらい、知っているのだけれど。
クリスマスの次の日、ということで。
件の、クリスマスの日に精神的に不安定になるダンテで。
このダンテは1と2の間ぐらいかな…?しかし短い。