星降宵ホシノフルヨイ











夜中に目が覚めることは、実はそんなに珍しいことではない。
ダンテは鬱陶しげに髪を掻き上げ、億劫そうに上体を起こした。微かにベッドの軋む音すら 不快に響く。

夜半、中途半端に目が覚めるのは、決まってバージルが不在の時だ。もしくは、何かしらの 理由でバージルと同衾していないか。どちらにせよ、自身のバージルへの依存を突き付けられて いるようで、気分は良くない。

はぁ。溜息を吐き、暗い部屋を見渡した。

本以外に何もない、どこか殺伐とした部屋。もちろん、ダンテの自室では有り得ない。 バージルの部屋の、バージルのベッドの上にいるだ。
ふかふかの毛布を引っ張り上げ、鼻面に押し付ける。バージルの匂いのするそれは、手触りの 良さもあってダンテの気に入りだ。自分が使っている毛布も、これと同じ質のものなのだが、 やはり違うとダンテは思う。

あれには、こちら程バージルの匂いがしない。

彼ら双子は、ほぼ毎日のように同衾している。眠る部屋はまちまちで、どちらとも決まっては いない。だから、どちらの毛布にも二人の匂いが同じだけ染みている筈なのだ。けれども ダンテには、違うと思えて仕方がなかった。

(バージル)

寂しいとは、認めたくない。しかしどうしても、恋しく思ってしまうことをやめられない。
どうしようもなく、依存している。その自覚は、ある。

(やべ……)

ぐ、と。奥歯を噛み締めて泣き出しそうになるのを何とか堪える。
何て女々しいことだろう。たかが双子の兄が不在であるというだけのことで。しかしダンテに とってバージルは、欠くことの出来ない躰の一部なのだ。
いや、総てと言っても過言ではない。

異常な依存と、執着。これは愛情と言い切れるものでは、ない。

(あぁ……どうして、)

俺はこんなにも、どうしようもなく。

(愛してる……大好きだ……)

側にいてよ。何をしたって良いから。どうか、そばに。

血を吐くような想いは、けれども決して言葉にしてはならぬもの。だから、いっそう切なく、 つらい。
言葉にして言ってしまえば、バージルはダンテの前から姿を消す。そんな予感が脅迫となり、 ダンテは何度ひとりで涙を流したか判らない。
毛布にじわりと水気が染みる。ダンテははっとして顔を上げた。駄目だ。バージルの毛布を 駄目にしてしまう。慌てて目許を拭い、ダンテは振り切るように首を左右にした。

どこまでも、女々しい。これだからバージルに呆れられるのだ。……まだ、捨てられずに 済んでいるだけで。

また、涙が込み上げる。何という緩い涙腺だろう。
バージルが行方知れずだった頃よりも、今の方が涙を流すことが多いなんて、どうか している。
仕合わせだ。仕合わせな筈なのだ。今は。それなのに。

こんなにも、胸が苦しい。

(……くそっ……)

口の中で悪態を吐き、ダンテはベッドを下りた。もう一度眠る気には、なれない。





寝着の上にバージルの開襟シャツを羽織り、キッチンへ。寒さよりも喉の渇きを耐えられ なかった。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ごくりと飲む。当たり前だが、冷たい。後頭部に きんとした痛みが走った。
ふ、と息を吐いた時、

「主よ」

不意に嗄れた声が背後からかかり、不覚にもぎくりとしてしまう。

「っ! ……何だよ、」

どうにか平静を装って振り返ったダンテは、しかし首を傾げた。嗄れた声は聞き覚えの あるものだった筈だ。しかしそこに立っているものは、全く見覚えのない男が一人。
誰だ。疑問がありありと顔に出ていたのだろう。男は薄く笑んだ。

「我は荒々しき風を宿すもの」

挙げた掌に、小さな旋風が生まれて消える。ダンテはしかし、不審げに眉根を寄せた。

「……何で、そんな恰好、」

ダンテの記憶にある男の姿は二通り。本来のそれである鋸状の片刃の剣か、もしくは子供の 膝程の背丈しかない小鬼のぬいぐるみだ。最近では後者であることの方が多く、ダンテもそちらを 気に入っていた。
それが人の形を取っているものだから、不審に思わぬ筈がない。

ダンテが警戒心をあらわにしていると、男――――名はルドラに違いないだろう――――が一歩、 踏み出した。無意識にダンテは後ずさる。ルドラがまた一歩近寄り、ダンテもまたじりじりと 後退する。が、ダンテの背が壁にあたり、逃げ場を失ったところで無意味な行動は終了を 告げた。
ルドラがダンテを追い詰める形で、口を開く。

「兄上殿のおらぬ夜は、寂しいか、主よ」

「……る、せぇっ……」

虚勢は、しかし掠れた声のお蔭で酷く虚しく響いた。ダンテは顔を背け、ルドラに「どけよ」と 命じる。

「そんなくだらねぇこと言う為に、こんな真似すんのか、てめぇは」

苛立ちをあらわにするダンテに、ルドラはそれでも身を引こうとはせず、わけの判らないことを 言う。

「見ておれぬのだ、主よ」

「……意味が判らねぇな」

「今宵は兄上殿は戻らぬ。戻っては来れぬ」

「何で、言い切れる」

「今日この時は星の輝きし宵。かつて最強の魔剣士が同胞を裏切った宵ぞ」

どきりとした。ダンテは毎年、この日になると精神的に不安定なことが多くなる。その理由を バージルに因るものと決め付けていたが、そればかりではないことをダンテ自身気付いて いたのだ。
今日この日は、彼ら双子の誕生を決めた運命の日。

しかし、だ。それで何故、バージルが帰宅しない理由に繋がるというのか。

「何で、バージルが帰らねぇって言えるんだ」

きつくルドラを睨み上げるが、ルドラは全く堪えてはいない様子だ。

「より魔の力の色濃い兄上殿は、自身を抑えることが難しい。そこに主がいれば、どうなるか」

最悪、殺されてしまう。そうルドラは言いたいのだろうか。

「我の愛する主を、兄上殿の毒牙にさらすなど出来ぬ」

本気が冗談か。判らぬ言葉が合間合間に差し込まれるものだから、彼ら――――ルドラには 対であるアグニという兄弟がある――――の言葉を真摯に聞くことが難しいのだと、きっと本人は 気付いていない。何故なら彼らは、至って真面目に言葉を紡いでいるつもりなのだ。

「毒牙って何だよ……」

力なく笑い、ダンテは壁を伝うように床にしゃがみこんだ。立てた膝に顔を埋める。

「バージルになら、俺は何されたって良いんだぜ……?」

そう、たとえ殺されようとも。むしろバージルに殺されるなら、仕合わせだとさえ思えるのだ。 が、

「それはならぬ、主よ」

思いがけず鋭い声音に、ダンテは顔を上げた。見たこともない真摯な眼し差しに射抜かれ、 ぎくりとなる。

「な、んで……てめぇにそんなこと言われなきゃならねぇんだ。俺ら双子のことで……てめぇには 関係ねぇだろうが!」

怒鳴り、食ってかかるダンテの側に膝をつき、ルドラはごく自然に跪いた。頭を垂れる姿は まるで、主に命を捧げる騎士のようだ。

「何なんだよ、……」

素足の甲に触れる唇の感触に当惑するダンテに、ルドラではない嗄れた声が応じた。

「我らはただ、主を護る為にここに在る」

そちらを見やれば、ルドラと全く同じ姿形の男がおり。

「たとえ兄上殿であろうと、我らの主を傷付けることは赦さぬ。……主がそれを望んだとて、 然り」

低い声には、怒りがある。が殺されても構わぬと言ったからなのだとダンテは悟り、そして 困惑する。

「何が護る、だ。俺はんなこと頼んでねぇだろ!? 放っといてくれよ、俺の命は……っ」

その先に続く言葉は、ルドラの分厚い手に塞がれて紡ぐこと叶わなかった。

「……しばし、言葉を奪わせて貰うぞ、主よ」

苦渋の選択とでも言いたげに、ルドラが眉をしかめる。口を覆う掌から、風の塊のようなものを 飲みこまされ、ダンテは呻いた。塊は喉を通った瞬間に消え、ルドラの手もまた離れる。
何をするのかと、怒鳴ろうとして開いた口は、しかし何の言葉も紡ぐことなく。ひゅう、と 掠れた息が漏れるばかり。
言葉を奪う、と。ルドラは確かに言った。何をしたのかは判らないが、今飲まされた塊が 原因であることは間違いない。

キッチンの暗い蛍光灯に照らされ、アグニとルドラは酷く不気味に見える。が、元はあの とぼけた双剣だ。恐れる必要などどこにもない。それなのに、怖い、と。思ってしまった。

言葉を奪われ、茫然とするダンテの膝に、ルドラが触れた。びくりとダンテが顔を強張らせるが、 元より逃げ場はない。

「我らは主を護る為にここに在る」

「たとえ主が望まぬことであろうとも」

「今宵は星の輝きし日。兄上殿には、触れさせぬ」

ルドラの手がダンテの脚を割り広げ、脚の付け根を這うように撫でていく。ぞわりとした 感触に、ダンテはしかし嫌悪を抱きながらも拒むことが出来ない。もたらされるであろう快楽を 期待してのことでは、おそらくない。

「主よ、今宵は我らに身を任せよ」

アグニがルドラ越しにダンテの腕を取り、細く長い指に口付けた。荒々しい印象の巨躯に 見合わぬ、慈しむようなキスにダンテは戸惑う。
これは兄ではない。確認するまでもないことだ。判りきっているというのに何故、拒めない。

(何で、――――)

きつく目を瞑り、俯く。不埒な手はダンテの中心を包み、やわく揉みしだいた。布越しの 愛撫はもどかしく、そしてどうしてか、優しくて。

「っ……ぅ……」

切れ切れに漏れる息が次第に甘くうわずったものになるまで、時間はかからなかった。







躰が怠い。

ダンテは結局、一度も意識を手放すことが出来なかった。アグニとルドラはダンテを 眠らせようと、ゆるゆるとした優しい快楽ばかりを与えてくれたにも拘らず。
眠りたくなかったわけではない。しかし、眠れなかった。

最後には自ら腰を揺り動かし、強い快楽を求めて双剣を誘った。眠りよりも、彼らの精を 飲むことに心地好さを覚えてしまったのだ。

人ではないものの精に宿る、魔力の雫に溺れたのだろう。バージルとのセックスにも、実は 同じことが言えるのだ。
ダンテはそのことを自覚せず、ただバージルとは違う魔力の雫を貪った。

何度達したかなど、覚えていない。

アグニとルドラは困ったように笑い、自分たちの精にまみれたダンテの躰を清めた。そして ダンテをベッドに運び、その傍らで本来の姿である剣に戻った。
その星が瞬くことをやめ、夜が終わりを告げるまで、主であるダンテを護る為に。

「主よ、安らかなれ」

「眠るが良い、主よ」

嗄れた声は子守歌のように、ダンテをようやくの眠りに誘った。












星が瞬く。

暗い夜に。



血がざわめく。

昏い夜に。



魂が叫ぶ。

闇い夜に。






我らのいのちを、救い給え。























戻。


クリスマスの日に精神的に不安定になる双子…だったんですけど…
ともかく、すいませんでした。