金枝
もそもそと、何やら植物らしきものが歩いている。
いや、もちろんそんなものがひとりでに動く筈はない。よく見ればそれには色違いの脚が四本、
二対生えている。更によく見れば、朱と碧の物体がそれを運んでいるのだと判る。ただし、その
物体の正体は少々難解だ。
二体は色こそ違えど、その見た目は全く同じ小鬼らしい。二頭身の頭にはちょこんと角のような
塊が二つずつ。短い手足を懸命に動かしているのだが、ぬいぐるみにしか見えぬこれがいったい
どのようにして動いているのか。その辺りは、これが普通の生き物ではないことで無理矢理説明を
つけねばならない。
朱い小鬼は名をアグニ。碧い小鬼はルドラと言う。双子と言うには語弊があるが、本来は
それぞれが炎と風を身に宿した一対の剣である。
よちよちと歩く姿のどこにも、剣である面影は見出だせない。それは当然のことで、彼らは
普段、魔力を駆使して自らをぬいぐるみの姿に変化させているのだ。
剣のままでは、なかなか思うように行かぬことが多いからだ。
ぺそり。植物の塊が壁に激突する前に、アグニがさっと身を挺して壁にぶつかった。ルドラと
目配せして、その運んできたものを床にそっと置く。それから揃ってすぐ側のドアを見上げた。
「主よ、」
揃って出した声は嗄れた、見た目と全くそぐわぬもの。そして彼らがドアをぺそりぺそりと
叩き呼ばわるのは、彼らの慕う青年だ。
「今開けるから、ちょっとどいてろよ」
ドアの向こうから声があり、しかしアグニとルドラはドアに張り付いたまま。がちゃりと
向こう側にドアが引かれ、当然だがべたべたっと床に倒れ込んだ。もふりと転倒した彼らを
見下ろす影が、溜息とともに肩を竦めた。
「……どけって言っただろ、馬鹿だな」
呆れたように言う声は、少し笑っている。アグニとルドラを抱くようにして持ち上げ、肩に
乗せたのは青年というには若すぎる、溌剌とした少年だ。名はダンテ。本来は近く二十歳を
迎える青年なのだが、ある依頼が原因で今は十代半ばの少年の姿に縮んでしまっている
のである。
まだ骨格のしっかりとしきらない細い肩にしがみつき、アグニとルドラはにこにことした。
ただし、ぬいぐるみである彼らに表情というものは一切ないが。
「主よ、あれだ」
「運んで来たぞ、主よ」
耳元で喚くも、ダンテは煩いとは言わない。笑って、彼らの頭をぐりぐりと撫でてくれた。
「よしよし、ご苦労さん」
これが、剣の姿では絶対に受けられないものなのだ。剣のまま喚き散らせば、ダンテは必ず
煩いと怒り、黙れと言う。それがこのぬいぐるみの姿に変化するだけで、この変わりようだ。
アグニとルドラが味を占めて、仕事に連れられる時以外は剣の姿に戻らなくなるのも当然と
言えば当然のことだ。
自分の態度がそこまで違うとは自覚していないダンテは、肩に乗ってはしゃぐアグニとルドラに
苦笑しつつ、彼らが二体がかりで運んで来たものをひょいと持ち上げた。ダンテはそれを大事そうに
胸に抱えてドアを閉めた。
今日はクリスマス。キリスト教圏では絶対に無視することの出来ない祭日である。が、
スラムの一角に便利屋の事務所を構える双子の兄弟にとっては、クリスマスそのもののもつ意味に
など関心はない。
要は、今日は特別な日であるということ。
銀髪碧眼のきょうだいは、良くも悪くも酷く目立つ。
一方は白皙の美貌と均整の取れた体躯をした長身の青年。もう一方は、くりっとした大きな瞳の
嵌まった幼さの残る顔立ちをした可愛らしい少女。
兄を見上げ、紅い唇を忙しく動かすさまが何とも微笑ましい。まだ十四かそこらだろうが、
白い頬にさしたほんのりとした赤みと、さらさらの銀糸が揺れるうなじがぞくりとする程
色っぽい。
周囲にそんな目で見られているとは露知らず、少女――――ダンテは兄・バージルを見上げて
袖を引っ張った。
「なぁ、あれも、あれも買って!」
買い物カゴを提げた兄の腕にぶら下がるように、ダンテがねだったのは苺の山。バージルは
肩を竦め、腕にダンテをぶら下げたまま苺のパックを三つ、カゴに放り込んだ。潰れる、と
ダンテが慌てているのは丸きり無視だ。
カゴには既に食料品とその他諸々の小物が入っている。苺はその締め括りとでも言おうか、
ダンテがねだらずともバージルは始めから買うつもりでいたのだ。が、欲しいと言ってねだる
ダンテを見たいが為に、あえて買わぬ素振りをしていたのである。
性格が悪いと言ってしまえばそれまでの、バージルの小さな楽しみだ。
ダンテが少年の姿になってから、バージルは滅多にダンテを外に出さないようにしている。
尤も、ダンテはすぐバージルとともに仕事に出たがるし、結果としては外に出さざるを得なかった
ことが何度もある。
バージルとしては、こんな愛らしい弟を誰の目にもさらしたくないのだが、ダンテがそれを
理解する日は来ないだろう。
閉じ込めてやろうかと、本気で考えているなどと夢にも思わないに違いない。
「なぁ、」
腕に抱き付き、ダンテが窺うようにバージルを見上げてきた。気付けばバージルの手はダンテの
首筋に触れている。カゴは、いつの間にか足許に所在なく置かれていた。ダンテはそれを訝った
のだろう。が、
「もう一個、買って欲しいのがあるんだけど……」
上目遣いに、恥ずかしそうにもごもごとダンテが言ったものに、バージルはふっと笑って
しまった。
デパートの玄関には、大きなツリーが飾ってある。どこの店も早くに店仕舞いをしてしまう為か、
まだ昼にもなっていないというのに、ツリーの周りには人の波が出来上がっている。
ダンテは荷物を片方の腕で抱え、空いた片手でバージルにしがみついた。バージルはその反対の
手に、大きな紙袋を一つ抱えている。
はぐれそうだ、と。思えばバージルの腕を掴む手に力がこもる。
夏に、ダンテは一度バージルとはぐれるという経験をした。あれは夜で、昼前の今とは状況も
場所も違うのだが、ダンテは不意に怖くなってしまったのだ。
それに、と思う。
この子供の姿なら、バージルにひっついていても不自然には見られない筈だ。なら、いっそ。
俯き、ちょっと唇を噛んだ。その時、
「っひぅ……!?」
不意に襲った浮遊感に、驚いて妙な声が出てしまう。何かと思えば、バージルに片腕のみで
抱き上げられたのだ。自分の方が少し高くなった目線が、何となく奇妙な感じがする。
「いきなり……何すんだよ」
ごにょごにょと、恥ずかしさもあって口をもごもごさせてバージルを睨んだ。判っていること
だが、ダンテの睨みなどバージルはものともしない。
またしても不意をついて、バージルの端正な顔が近付けられた。
「……ぁ……」
唇が、触れる。判っていたにも拘らずダンテは避けることも拒むことも出来なかった。唖然と
する。通り掛かりにそれを目撃してしまった人間も同じで、立ち止まったそこで軽い渋滞が
起こってしまっている。
ちゅ、と唇の離れる音で、はっとした。
「……っにしやが……」
怒鳴りかけた声を飲み込んだのは、ここで声を荒げては、それこそ周囲の注目を浴びると
気付いたから。ダンテは唇を噛み、真っ赤に染まった顔をバージルの肩口に埋めることで
隠した。
「はや、早く帰ろう」
どもりながらバージルを急かし、腕に抱えたものをぎゅっと抱き締めた。
バージルのくすくす笑う息にうなじを撫でられ、ダンテはくすぐったさに首を竦めた。
夜。テーブルに並んだ料理とケーキに、ダンテが嬉々としてはしゃぐ傍ら、バージルは
ダンテの膝に陣取ったものを鋭く睨み付けた。
「貴様らも丸焼きにしてやろうか?」
テーブルの上には、定番の七面鳥の丸焼きが存在を主張している。バージルに睨まれた
アグニとルドラは、一瞬びくりとし、しかしダンテの膝から下りようとはしない。
「ここは我らの指定席であるぞ、兄上殿」
「然り。何があろうとこれは譲れぬぞ」
嗄れた声で喚く二体に、バージルがどこからか閻魔刀を取りだし鞘走る。が、なぁ、という
ダンテの場違いな声に、さしものバージルも動きを止めた。
「バージル、これ切り分けて良いか?」
小首を傾げて窺いをたてるダンテに、バージルはもちろん、アグニとルドラも撃沈する。
「……ん? どした?」
自覚がないというのは、本当に怖い。一人と二体は初めて同調した。が、真っ先に行動に
移したのはバージルだ。
テーブル越しにナイフを持った腕を掴まれ、ダンテが「え?」と目を瞬かせる。その反応すら、
バージルの目には果てしなく可愛く映り。
そして、思いきり腕を引いた。
「ぅわっ!?」
奇声を上げるダンテの顎を掴み、噛み付くように唇を塞ぐ。いっぱいに見開かれたダンテの
目が、舌を吸ってやると次第に潤み、蕩けていく。その変化がまた、良いのだと真剣に思う。
「兄上殿よ、主を離すのだ」
「主を離すのだ、兄上殿よ」
「兄上殿ばかり狡いではないか」
「我らとて主の甘い唇を吸いたいのだぞ」
床に転げ落ちた小鬼らが喚き、脚にまとわりついてぺそぺそと何かしているが、バージルは
完全に無視だ。そんなものに構っている時間も惜しい程、ダンテの唇は甘い。
「っ、ん、ぅん……」
漏れる息すら飲み込むように、角度を変えて貪り尽くす。ダンテが料理を食べたがっているのは
知っているが、バージルはそれよりもまずダンテを食らってしまいたい。
下世話な表現だが、バージルはあくまで真面目だ。それに。
バージルの視線が、ちらと壁に飾られたものを見やる。それはダンテが買い物の最後に
ねだったものだ。
僅かに口端を上げ、息の上がって来たらしいダンテを少しだけ開放してやる。もちろんそれで、
バージルがダンテを完全に開放するわけはない。
「バ……ジルぅ……」
とろんと蕩けた瞳で、ダンテが自らバージルに口付ける。もっと。声にならぬ囁きに、
バージルは笑みを深くした。
料理が冷めてしまうまでに、満足出来るかどうか。
ダンテにも言えることだが、と。バージルは一人、ほくそ笑んだ。
足の裏に踏み付けた、二つの塊がひくりひくりと蠢いている。
子供の両手に余るその飾りものを、ダンテがはにかみながら腕に抱え上げる。その仕種を、
バージルは目を細めて見つめていた。
クリスマスの夜は、宿生木の下で甘いキスを。
すみません。私、ヤドリギの飾りって見たことないんです…
ネットで見てみたんですが、どうも分かるような分からないような…?
なので表現が物凄く曖昧ですみません;
ちなみにこれのコンセプトは、やたら楽しそうな兄。…救われねぇ…。