うさぎのきもち(――かまってほしいだけなのに)












どうしてこんなことになったんだろう。ぼやけた思考は疑問を投げはするけれども、答えを導き 出してはくれなくて、彼はただ、呼吸もままならずに溺れるしかない。





発端は、ほんの些細なことであったと、思う。記憶があまり定かではないので、確かなこととは 言えないのだけれども。





「なー、おっさん」

いつものようにぞんざいに呼ばわると、ダンテよりも十以上は年かさだろう男が「あん?」と ソファーに寝そべったまま視線だけをこちらへ向けた。無精髭のちらほらと見える顔立ちは、 端正と言うよりは精悍さが強く、いかにも男盛りといった印象が色濃い。まだ二十歳に一歩足りぬ ダンテと比べ、体躯からして完成した男そのものだ。

サイズとしては大きいとはいえ、二人掛けのソファーに男が寝そべると、膝から先は完全に 肘置きを乗り越えるかたちではみ出してしまう。それは気にならぬのか、男はリビングに 居座る際、ほぼ確実にソファーに横になるのだった。
ダンテはといえば、もちろんソファーには座っていない。男が横たわるそれを背凭れにして、 床に直接腰を下ろしている。これはいつものことで、男がソファーを占領しているから、 という理由ではけっしてない。癖。まさにその一言に尽きる。

「お菓子か悪戯か、どっちが良い?」

出し抜けな言葉に、男は一瞬理解できなかったらしい。一拍置いて「ハロウィンか」と呟いた その口許に、にやりとした笑みがあることが、ダンテにはそちらを見ずとも判った。

「ちっと、待ってな」

言うなりソファーから身を起こし、キッチンの傍らに据えられた棚をごそごそし始める男の、 広い背中をダンテはぼぅっと見つめた。その棚に何が入っているのか、キッチンにはめったに 近寄ることのないダンテには判らない。
男は武骨そうに見えてなかなかの料理上手だ。加えて菓子作りまでするというのだから、 ダンテには真似できないと思う。ダンテは無論、食べる専門だ。今まで一度も、自分でキッチンを 有効活用したことはない。

「ほら」

男が不意に、声と同時に何かを放った。動態視力、瞬発力、反射神経、どれを取っても常人の 比ではないダンテは、多少困惑しつつも放られた何かをしっかと受け止めた。ひょいと手の中を 見てみると、

「……板チョコ?」

しかも舌が溶けるほど甘いミルクチョコレートだ。きょとんとしてそれと男とを見比べると、 男はにたりと笑って腕組みをした。

「それが欲しかったんだろ?」

何のことかと、ダンテは言いそうになったが飲み込んだ。自分で言ったことを忘れていた。お菓子か 悪戯か。この問い掛けに対して男はダンテにチョコレートを与えることで答えたのだ。

「……うん……」

渋々、頷く。煮え切らぬ反応を示したというのに、男は違和感を覚えなかったのか「よし」と 満足げに言って棚から離れた。その態度に、こちらがむっとしたものを感じてしまう。
男はまれに、ひどく鈍くなることがある。いつもは無駄と言ってしまえる程度に何ごとに対しても 鋭いというのに、本当にまれに、何かの演技かと思うほどの鈍さを見せるのだ。今のように。
ダンテが、もうハロウィンだからといってはしゃぐような歳でもないのに菓子をねだった、その 本当の意味を男は全く察してくれなかった。
彼がむくれるのも、当然である。しかし男は、そのことにすら気付かずにいる。

「俺にも半分寄越せよ?」

それ一枚きりなんだ、と。けちなことを言う男をぎろりと睨み、ダンテは板状チョコレートを すべて一人で食べ尽くしてやろうと決めた。





そんなことがあっての、夜。





風呂はダンテが先に入り、男と入れ替わるとすぐに二階へ駆け上がった。自室のドアを慣れた 仕種で開けて、髪もろくに拭わぬままベッド目掛けダイブする。自分のベッドには、なぜだか 男のにおいばかりがするように思えて、ダンテは無意識に鼻をひくつかせた。すんすん、嗅ぐ。
男はダンテと同じで香水の類を一切使わない人間だが、男自身のにおいがほんのりと鼻をかすめる のがダンテは妙に好きなのだった。かつて、双子の兄に対してもそうだったように。
ひくひく鼻を動かしていると、どうにも男のにおいに包み込まれているような気になってくる。 躰の体温が、風呂上がりであることを差し引いても上昇したように思えて、ダンテはちょっと 頬を赤くして目を閉じた。下肢が疼くようなこの感覚は、きっと気のせいだと思い込むことに して。

毛布をかぶり、何となくもじもじと脚をすり合わせてしばらく。男がようよう風呂を済ませた らしくダンテの部屋に現われた。二階にはもう一室あるのだが、そちらは男の部屋ではない。 ダンテの部屋にあるベッドは、男との共有だ。だからシーツにも毛布にも、男のにおいが染み 付いているわけである。

「坊や、髪は拭いたのか?」

よく、髪を濡れたまま放置するからだろう。ダンテが黙っていると、男が肩を竦めたのが気配で 判った。ベッドに腰掛ける、ぎしりという嫌な音、そしてそちらへ沈むマットレス。男の手が 伸び、毛布からはみ出たダンテの髪に触れる。その瞬間。

「! ……っ……と、」

ダンテは一瞬だけ驚いた顔を浮かべた男の、文句の付けどころのない鍛えぬかれた躰に跨がった。 あまりに突然のことであったため、めったには見せてくれない驚き顔を見ることのできた ダンテは、思わずにやりと笑みを浮かべた。

「いつもの仕返しだ。よく味わえよな、おっさん」

ハロウィンにかこつけてかまってもらおうとしたダンテを、すげなくあしらったことへの仕返しも 含めて。ダンテがこの男相手に優位に立つことなど、数えるほどもないのだ。現状を有効活用せぬ 手がどこにあろうか。
風呂から上がったところの男は、上半身には開襟シャツをゆるくまとっただけだ。シャツの 合わせをびらりと開いて、割れた腹筋を一つ一つ確かめるように指先でなぞる。

「仕返し、ね」

まぁたまには良いか、などと余裕も余裕な呟きをもらす男に、ダンテは少々かちんとした。今に 見てろと意気込んで、男の下衣に手を掛ける。狙いは無論のこと男の中心だ。いつも受け身である ダンテにとり、そこへ自ら触れることはめったとない。だからこそ、他への愛撫はそっちのけに してこちらへ的を絞ったのだ。つまり、ダンテはセックスには慣れていても“上”になることには まるで慣れていないため、ここを攻める以外の手段を持たないわけだ。

男はじっと、ダンテを見つめている。何かしら挑戦されているように思われて、ダンテは唇を 噛んだ。見ていろよと再び息巻いて、取り出した男のものへ顔を寄せて舌を這わせる。
初めはちろりと先端から。舌を伸ばして茎の根へ添わせ、先端へと強めに舐め上げる。それを 数度繰り返し、全体が濡れたころに口腔へ導く。咥えた後も舌を使うことを忘れてはならない。 くちゅくちゅ、音をさせて舐める。男のものは大きくて、すべてを口の中へ入れてしまうことは できないけれども。舐めているとそこへ熱が溜まっていくのが判るから、つい、熱中して しまって。

「んん、ぅ、ふ」

ちゅぷちゅぷという卑猥な水音が耳の奥に響いて、ダンテは我知らず昂奮した。男が、何の 気紛れだとか、明日は槍が降るかもしれないとか、軽口を叩きながらもわずかに息が乱れて いるのが判って、ダンテはなぜだか嬉しくなって頬に笑みをはいた。
俺にだってこのくらいできるんだと、心の中で鼻を鳴らす。

「坊や、」

低い声が耳を撫ぜる。ダンテは返事をせず、熱心に男へ奉仕を施すばかりだ。

「……ったく、仕様がねぇな」

呆れたような呟きと、男の手がダンテの尻へ伸びるのとはどちらが先だっただろうか。
ダンテの腰がびくりと跳ねた。男がまったくの無造作に彼の尻を掴み、強く揉んだからだ。しかも 指は意図して秘蕾を押さえている。ダンテは思わず、男のものから口を離した。

「っや、う……!」

奉仕を中途半端に投げ出したことをたしなめるように、男が空いた手でダンテの後頭部を鷲掴みに し、押さえ付けることで己のものを再度咥えさせた。咄嗟に呻いたダンテのことなどは、無視を 決め込むつもりでいるらしい。

「しっかり舐めてな、坊や。お前から始めたことなんだぜ?」

それを言われれば、抗議の言葉など飲み込む以外になくなってしまう。ダンテは眉をきゅっと しかめ、より猛りを見せる男のものに舌を這わせた。

「そう、良い子だ」

揶揄、されているのだろうか。ダンテは悔しく思いながらも奉仕をやめない。後頭部は変わらず 男によって鷲掴みにされているし、それでも無理に中断すれば叱責を買うに違いなかった。男に 叱られることなど、兄の怒りを買うことと比べれば雲泥の差ではあるのだけれども。

「ん、ふ、くぅん……っ」

懸命に奉仕し、男が精を吐き出すのを待っていると、男はダンテの頭上でくすっと笑った。何かと 視線を巡らせると、不意に尻から手が外され、下衣をずるりと引き下ろされた。下着ごと、実に 器用かつ滑らかなやりようにダンテは目を瞠る。そして間髪を入れず、文字どおり無防備を さらしている秘蕾を、指の腹でこねるように擦られた。

「んぅんっ」

無意識に、尻が上向きに跳ねた。男はくつくつと笑う。

「触るだけでこれか? じゃあ、こうするとどうなるか……」

言うなり、窄まったそこに指先をずっと突き入れた。ぴりっとした痛みが尻から腰へ、背筋へと 広がりダンテは「ひっ」と喘いだ。

「痛いか? そんなわけねぇだろ。いつも俺のを咥えて、まだもの足りねぇって鳴くくらいだ」

「っ、ん……な、こと……」

言われても知らないと、最後までは言葉として紡がせてはもらえなかった。男はダンテの粘膜を ぐるりと一度掻いただけで、唐突に指を引き抜いた。我知らず不満げなため息をもらした ダンテへ、くっと喉を鳴らす。笑ったのだと認識したのは数秒後のことだ。
奉仕を施していた口が、男に後頭部を引かれることで外れた。天を力強く衝く男性器がひどく 卑猥で、しかし頬を赤らめる間は与えられず。気付けば両手を、躰の前でダンテ自身が腰に巻いて いたベルトによって一まとめにされていた。

「な……っ」

困惑し、何の真似かと抗議しようとしたダンテの首に、ひやりとした何かが巻き付けられる。 それが首輪であると知れたのは、その何かに取り付けられた鈍銀の鎖の存在だ。男は鎖の先を、 格子状のベッドヘッドに何重にも絡ませている。金属が擦れ合う嫌な音に、ダンテは蒼白に なった。

「や、だ、何すんだよ、おっさん……!」

鎖を取り付け終えた男は、どこかうっそりとした微笑を浮かべてダンテを見下ろした。その不吉な 笑みに、ダンテはぞくりとする。

「かわいい悪戯、さ」

そう言って、男がダンテの視界から消えた。首をひねって男の姿を捉えると、ダンテは普段触る ことのないダッシュボードの引出しから、何かを物色しているらしい。ごそごそという音に、 嫌な予感がいっそう煽られる。この首輪も、あそこから出してきたのだろうか。だとすれば、 あとはどんなものが入っているのか。

「これで良いか……」

独り言であろう呟きをこぼし、男が引出しを閉める。手には何か持っているようだが、ダンテの 位置からそれを視認することはできない。甚だ、不安だ。
こちらを振り向いた男がにやりとする。こんなふうに笑うときは、たいてい良いことがない。
ダンテは焦った。

「おっさん、」

呼ばわる声はどうにも弱い。それが男の嗜虐心を煽ったことには、ダンテは無論気付かない。

「暴れるなよ」

言って、男の手がダンテの尻に伸びる。自分が四つん這いの恰好であることに遅まきに思い出した ダンテは、慌てて男の手から逃れようと腰をよじったたが無駄だった。じっとしてろ。言葉と ともに、尻を容赦なく掴まれる。そうして、剥き出しの秘蕾に首輪のときよりもひいやりとした 感触が押しつけられ――ぐぷりと、襞を割って内部へ侵入する。
ダンテは首をのけ反らせた。

「ッひ、あ、あ!」

くつりと笑う声が耳を撫でる。男は片手だけをダンテの尻に残し、背伸びをするようにして彼の 耳を食んだ。

「たまにはこういうのも悪くないだろ。ん?」

などと勝手極まりないことをのたまい、男はダンテの粘膜へ無機質のそれを突き入れる。

「ひぁっ! あ、あぅ……ッ」

男のものほどではなくとも、それなりに太さのあるものに粘膜を擦り上げられるのだ。喘がぬ わけにはいかない。
小刻みに震えるダンテの体温がそれに移るのを見計らうように、男はそれを前後に律動させた。 ダンテの背が、そうするつもりもないというのに弓なりにしなる。

「あっ、あ、は……!」

弱い箇所を的確に押さえた動きに、ダンテの喉はひっきりなしに嬌声を紡ぎ、快楽に弱い躰は 感電したかのようにびりびりとした震えが止まらない。陰茎は、確認などせずともしっかりと 勃起しているのが判る。すでに先走りを滴らせているのかもしれない。男がくつくつと笑った。

「悦いか、坊や?」

確信犯に違いない意地の悪い囁きに、ダンテはふるふると首を左右にした。じゃらりと鎖が擦れ 合う音がやけに耳障りだ。

「嫌……ってふうには見えないが、な」

言いざま、玩具を最奥へと押し込まれた。しばらくそのまま咥えていろ、と。残酷な言葉とともに 男の手が尻から離れる。ダンテは無意識にそれを締め付けた。

「旨そうに喰ってるぜ」

笑みを含んだ酷い揶揄に、ダンテの目尻に涙が溜まった。性玩具を使われることをダンテは 好んではいない。しかし躰はダンテの心とは裏腹に悦楽に酔い痴れ、うち震えてはもっとしてと 浅ましくねだってやまず、そんな自分が言いようもなく嫌で、呪わしくてならなかった。そして、 こんなことで泣きそうになっている自分自身が、嫌で嫌で仕様がない。

「……っふ、く……」

堪えようとすればするほどに涙は溜まり、同時に後孔のそれを意識してしまって自己嫌悪に拍車が かかる。嫌だ。ものすごく嫌なのに、どうして自分はこんななのだろう。どうして、――
ぽつりと、シーツに水滴が落ちて染みを作った。それを皮切りに、次から次へと雫がこぼれ 落ちる。瞼を閉ざしてもそれは止まらず、唇を噛み締めても嗚咽を押し殺すことはできなかった。 ずずっと洟をすする。

「ッく、ぅ、ふ」

快楽によるものとは違う声を、男は訝ったらしい。坊やと呼ばわる声音には、どこかしら困惑の 色がある。ためらいがちに肩に触れてきた手を、ダンテは躰を揺することで振り払った。触るなと、 荒げたつもりの声は震えていて。
ぎゅっと目を瞑っていると、男が「じっとしてろ」と言ってダンテの尻に手をかけた。また 弄ばれると思い込んだダンテは、躰をよじって男の手から逃れようとした。が、男はそれを 読んでいたのか、ダンテの尻を固定させるように鷲掴みにし、彼の粘膜を犯すものをぐいと 引いた。ダンテはぎくっとしたが、動くなという男の声は鋭くもどこかしら柔らかさがあり、 戸惑っているうちに玩具はあっさりとダンテの内部から取り去られていた。

「ぁ……おっさん……?」

首をひねってそちらを見やるより早く、男に後ろから抱き竦められた。悪かった、という言葉と ともに。

「泣かせるつもりじゃなかった。……ってのは、ただの言い訳だがな」

ダンテはぐっと眉を顰めた。ベルトで縛られた手で、荒っぽく目尻を擦る。

「っ……泣いてない!」

ぽん、と。頭に男の分厚い手。

「そうだな。でも、」

悪かったよ。囁きながら、髪にいくつもキスをしてくる男を、恨めしく思いながらもダンテは 憎むことができなくて。

「もう、良いよ」

唇を尖らせて拗ねたように言うダンテのうなじに、男はわざとらしい音をさせてキスを施して。

「詫びに、最高に気持ち良くさせてやるからな」

掻き口説くようなそのせりふに、ダンテは思わず笑ってキスをねだった。





もっともっと、ぼくをかまって、可愛がって。



















戻。


リクエスト第8弾、4ダン3ダンでした。
大人の玩具を活用できたのかどうか、少々不安ですが…
お気に召していただけましたなら、リクくださった方のみお納めくださいませ。

[08/11/12]