すべて台無し(――冗談じゃない)
子どもというものは、祭や祝いごととなると不可解なほどはしゃぐものである。それは彼らの
幼稚さゆえか、はたまた子どもという立場を利用する術と効果とを理解しているからか。
大人はかつて自分たちも子どもであったことを忘れて首をかしげる。いつの世も、子どもとは
未知なる生物だ。
「Trick or treat!」
子どもたちが声高らかに、家々を巡ってはその戸口で叫んでいる。今日は子どもたちが待ちに
待ったハロウィンだ。夜になるのを待ちきれず、朝からそわそわして親を苦笑させた子も多い
だろう。凝りに凝った衣装をと意気込むあまり、ぎりぎりになってもまだ母がミシンを走らせて
いるところもあるかもしれない。
今宵は子どもによる子どものための祭だ。暗い町角のそこかしこに、くすくすきゃあきゃあいう
小さな影が走っていくのも、この夜ならではの光景だった。
大人は彼らを戸口で迎え、悪戯をされては敵わないとたくさんのお菓子を振る舞う。子どもたちは
喜び、自分の分け前を確保して次の家へ向かうのだ。菓子袋には、そんな調子でどんどんお菓子が
溜まっていく。帰宅したのち、それらの戦利品を確かめるのもまた楽しみなのだ。
「Trick or treat!」
ここにも、大きな声で叫ぶ子どもが一人。彼は町角で遭遇した同じ背格好の子どもたちの輪に
加わり、五人のグループを組んで各家を巡っている。扮するのは、小さな角と長い尻尾、そして
蝙蝠の羽根が愛らしい小悪魔だ。まさかそれが、ただの扮装ではなく半分は本当の姿であるとは
だれも気付いてはいない。実際のところ、彼の躰にはそんな判りやすい角やらは生えていないの
だから。
赤いマントに付属したフードを目深にかぶった彼は、手の中の菓子袋を大事そうに抱えている。
甘いものに目がない彼にとって、それはまさしく宝物に違いなかった。しかもハロウィンという
お祭ごとにかこつけて、金を出さずに獲得したものなのだから喜びもひとしおだ。
ふふふ、と笑みが浮かぶのを堪えられない。それを見ていた同じグループの一人も、彼の笑みの
理由を察してにっこりとする。こちらの手にも、彼と同じだけのお菓子が詰まった菓子袋が
ある。
「次はあっちだよ。早く行こう!」
彼が後から混じったグループのリーダーであるその少年は、彼の手を取り彼を促した。うんと
うなずき、一緒に駆け出す。心が弾んで仕方がない。そんな歳でもないというのに、まったく。
苦笑しつつも、彼の足はどんどん前へと進んでいく。そんな彼の後ろ姿は、周囲の少年らと
まるで違わぬ幼いそれであった。
「ハロウィンか……」
その一言で、この奇妙な一件は幕を開けた。
呟いたのは、とある悪魔との対峙が原因となり、容姿が十四前後の少年に縮んでしまったダンテで
ある。元の姿に戻る傾向も、手立ても見つからぬままもう随分な時が経ってしまっていた。一度は
精神的に不安定な状態に陥り、何も対策を講じてくれぬ兄に当たり散らしたダンテであったが、
それをひどく恥じており、以来躰についての何をも口にしなくなった。すれば、必ず兄に当たって
しまうと自分で判っているからだ。あんな恥ずかしいさまは、もう二度とさらしたくはない。
内面は随分と幼い部分を擁しているダンテは、そのことを自覚してもいるからこそ、自身を
叱咤せねばと思うのだ。
しかしそんなダンテであるが、この時期になるとそわそわとしてしまうのは癖のようなもの
だろう。
月末に控えるハロウィンの祭。彼は子どもの頃、ハロウィンが好きでならなかったという一人だ。
だからか、この歳になってもハロウィンが近付けば心が浮き立つ。お菓子が好きというのも
もちろんあるが、それ以上にお祭ごとに目がないのである。
それで、件の呟きがこぼれたわけだ。
まったくの無自覚に呟いていたダンテは、自分がカレンダーに見入っていることにも気付かず、
さらには背後に音もなく近付く者がいることになどまるで気がつかなかった。
「行きたいのか?」
突然、耳許で囁かれて、おそらく床から足が一インチ浮いたはずだ。そのいかにも過剰な反応に、
背後の人間は不審を覚えたのに違いない。つと眉を顰めるのが、見なくとも判った。
「っ、ば、バージル!」
いつの間に近付いたのか、気付けなかった自分が少しだけ情けない。と言って、相手がバージルで
はな、と思ってしまうのも確かだった。バージルはけっして気配を消してダンテに近付いたのでは
ないはずだが、それでもダンテはバージルに、完全に気を許してしまっている。それが良いことか
悪いことかは、よく判らないままであったが。
「質問に答えろ、ダンテ」
短気なところの多分にある兄が、カレンダーにちらと視線をやった。しつもん。口の中で反芻して、
思い出す。行きたいのかという囁きに対する答えを、この兄は求めているのだ。何に行きたいの
かは、今の今までダンテが睨んでいたカレンダーが示している。ハロウィンだ。
ダンテはちろりとカレンダーを見やり、三度瞬きをして首を左右にして見せた。本心としては
行きたいのだけれども、
「もう、そんな歳じゃねぇだろ」
双子のくせに何を言っているのかと、笑う。しかし兄の頬はゆるむという気配すらない。それを
見上げて、ダンテは少しだけ不安になった。兄が何を考えているのか、ダンテにはちょくちょく
判らなくなる。その都度、言い知れぬ不安に駆られるのだ。
「バージル?」
耐え兼ねて名を呼ばわる。と、兄の手が伸びダンテの髪をくしゃりとした。その掌から、
ほんわりと何かが全身に広がっていくのを感じて、何だがこそばゆい。
不安が声に出ていたのだろうか。
ちょっと頬を赤くしたダンテの耳に、兄の信じられない言葉が入り込んできた。
「行って来れば良い」
「……は?」
そんな経緯を経て、ダンテは現在子どもらに混じってハロウィンの夜を満喫するに至った
わけだ。
数年ぶりのハロウィンは、思わぬほどにダンテを楽しませてくれた。お菓子もたくさんもらえたし、
何より帰宅すれば兄の手作りケーキが待っているというのが、ダンテの心を最も弾ませている。
兄が手ずから作るケーキは、ダンテの一番の気に入りだ。
それなのに。
(っんなんだよ、これは! ふざけんな……!)
罵る先にあるものは、いかにも異様な動きをした何か。しかも、たくさん。非常に気持ちが悪い
ことこの上なく、今自分のいる場所が少なくとも正常な空間ではないことは間違いなかった。
それは判る。が、不可解だ。さっきまで、ダンテは久し振りのハロウィンを楽しんでいたと
いうのに、ふと気付けばこの有様である。現状を理解できなくとも、誰も咎めはしないだろう。
だが初めの混乱が過去ってしまえば、脳は現状把握のために回転を始める。ダンテはまだ若いが
腕利きの便利屋だ。それがどんな状況であっても、自力で切り開く能力くらいは備えている。
――兄がいなくとも、できることはあるのだ。
「くそっ」
悪態を吐き、ダンテは唇を噛み締めた。
辺りの異様な雰囲気、そしてこの息苦しさを覚える嫌な空気。どうも、自分は知らぬ間に魔界と
似た空間に迷い込んでしまったようだ。しかもどこから入ったのかも判らないときている。
街中の一画に空間が繋がっていたとすれば、歪みのようなものがどこかにあるはずだ。それを
探し、力づくでこじ開ければ。
(って、言うのは簡単なんだよ……)
悪魔を狩ることは得意だが、探索などにはあまり向いていないダンテである。だが今は、闇雲に
突き進むこともできないのだから、慎重になるよりなかった。なぜならば、ダンテは現在愛用の
銃の片割れしか携えていないのだ。
ピアノの鍵盤、その黒鍵の名を持つほう一挺のみでも、戦うことは当然ながら可能だ。しかし
この状況が、ダンテにいつもの暴れようを許してくれなかった。
「何なんだよ、……」
どこを見ても、気味の悪い花畑なのだ。しかも咲いているのは薔薇ばかり。大輪から小さなもの
から、種類は様々のようだが毒々しい色合いだけは一致している。それらはうねうねと、常に棘の
生えた蔓を蠢かせているのだ。
薔薇には、良い思い出がない。そもそも花と縁がないダンテであるが、薔薇に関しては忌避して
いると言っても過言ではないのだ。ダンテがこんな躰になった原因は、狂った研究者が作った
最悪な薔薇のせいなのだから。
正直、何の変哲もない薔薇の花を見るのも嫌なくらいだ。それが、この状況に放り込まれて
いつもの調子を出せるわけがないというものである。
逃げたい。ただその一心で、ダンテはあまり得手ではない探索に必死になった。だから、
気付かなかったという理由は言い訳にはならない。
「あっ……!?」
気付いたときには、それはダンテの足首を捕らえ、何重にも巻き付いていた。ずるりと引きずられ、
当然だがよろけて地面に倒れ込む。咄嗟に手をつこうとしたが、地面に掌が触れることは
なかった。その手首にも、蔓が巻き付きダンテのほっそりとした躰を引きずるのではなく宙へ
浮き上がらせたのだ。手首と足首と。ぎりりと巻き付くそれらに生えた棘が、やわい膚に
楔のように突き刺さる。
「っ、く、っ……」
ダンテは自由な手で、腰に巻いたガンベルトを探った。要らないとダンテが言うのを無視して、
護身用だと持たせたのは兄だ。まさか言葉にして感謝などしないけれど、あとから笑われることを
予想しつつ銃を掴む。だが、
「わっ……!」
悲鳴が、ダンテの喉を衝いた。薔薇は、ダンテに抵抗を許さぬとばかりに彼の四肢すべてに蔓を
巻き付け、完全に戒めてしまったのだ。うまうまとダンテを捕獲した薔薇が、嘲弄しているように
ダンテには見えた。自分は今、蜘蛛の巣に引っ掛かった小さな虫のような有様なのに違いない。
「っざけんな、この……!」
言葉のわりに、語調は心なしか弱い。足掻く力もさして強くなく、それは四肢に容赦なく棘が
刺さっているからということばかりが理由ではない。薔薇。ダンテにとっては小さな蟠りで
あったはずの、花。花屋で見掛けるそれならば、ひょいと顔を背けるだけで事足りるというのに、
これは。
あまりにも、あの時の薔薇に似過ぎている。
ぼこりと、薔薇の足許の地面が内側から膨らみ土の中から何かが這い出した。自覚のないまま
余裕の失われているダンテは、反射的にそれを注視するものの頭が情報の処理をしきれていない。
それはやたらうねうねとした、蛸か烏賊の太い脚を思わせるものだ。それが、薔薇の根にあたる
ものであるとまでは認識できていなかった。
「っ……」
ひゅ、と喉が鳴る。薔薇の脚(根?)が、身動きの取れぬダンテの大腿に巻き付こうとその先端を
這わせたのだ。ぬめった感触にぞわりと嫌なふうに膚があわ立つ。ダンテは自分の呼吸がひどく早く
なっていることに気付いていなかった。鼓動は煩いくらいがなり立てている。
「っくそ、やめろ……ッ」
どうにか戒めを解こうと手足を藻掻かせるが、無理であった。棘が血を吸い上げるのが嫌でも判る。
薔薇は嘲笑うように、するすると脚をダンテの腿に絡ませた。一本一本、骨を砕くつもりなのか。
ダンテの危惧は、すぐに思わぬかたちで裏切られることになる。
薔薇の脚は、ダンテの腿から腰へ先端を伸ばし、器用に彼の下衣をはぎ取りにかかったのだ。
ダンテが穿いている綿パンツは、腰のぐるりに紐を通してあるタイプの単純な作りだ。ぶちりと
紐の切れる他愛ない音が、ダンテにはひどく嫌なものに聞こえた。
この薔薇は、いったい何をしようとしているのか。そうであって欲しくないという願望が、
ダンテに真実を受け入れ難くしている。
「ぁ、あっ……?」
声も出ぬほど困惑しているダンテの、萎えてくたりと地を向く花芯に薔薇の脚がねとりと絡む。
根元を一周。まさに急所を押さえられたダンテは、びくびくと行為の先を待つよりない。薔薇の、
別の脚が伸びてダンテの腹から上衣の中へ忍び込み、さらに別の脚がダンテの下肢へ標的を
据えるのを、不幸にも視認してしまった。
「やっ、やめ……あっ!」
思わず甲高い声が出てしまい、ダンテははっとして唇を噛んだ。頬が赤いのは自分自身を恥じての
ことだ。けっして、茎の先端をくにくにといじられているからではない。こんなものに躰を
いじられて、快楽を覚えるなどあって良いわけがないのだ。
そう。だから。
「っぁ、あ、は」
この声は自分の唇から出たものではない。ねとねとと這うものに、性的な快楽を覚えるわけが
ないのだ。これは、そう、きっと夢だ。夢の中の自分は他人のようなもの。だからこれは、
自分の声などではない。そうでなければ、こんな。こんな――
薔薇の脚はうねうねとダンテの躰を這い回り、ふるりと震える陰茎を弄ぶ動きはひどく繊細である
ものだからたちが悪い。茎を上下にされ、先端を押しつぶすように擦られ、同時に根元の双球をも
転がされ、反応せぬ男は不能以外の何ものでもない。
「や、やぁ……あ……あん……っ」
ぶるっと腰が震えるが、ダンテは射精を堪えた。こんなものに射精させられるなど、絶対に
嫌だった。足掻けぬ代わりに、薔薇をぎっと睨みつける。
きしきしと、薔薇が妙な声をあげた。口があるようには見えないので、茎か葉かを擦り合わせた
のかもしれない。
何を言いたいのか、霞のかかったダンテの脳でなくとも判るわけはない。だがはっきりとしている
ことが、一つ、ある。
薔薇の、次なる標的だ。
「! いやだ、やめっ……やぁあっ……!」
新たな脚が、ダンテの尻の奥、窄まった蕾を舐めるように二度なぞり、そして我が物顔で侵入を
始めた。ぬちぬちと、卑猥な音が耳をつく。耳を塞ぎたいがそれも叶わず、ダンテはただただ
絶望した。何も抗うことのできずにいる自分自身の不甲斐なさをこそ、いっそうに。
絡み付く薔薇の根がなぜぬらぬらと濡れているのか、動転したダンテは気付いてはいない。それが
催淫効果をもたらすものであると気付いたならば、あるいは気休め程度にはなった
かもしれない。
薔薇はきしきしと笑いながら、ダンテのむき出しになった後孔深くを貫いた。薔薇の根が濡れて
いるせいか、傷にこそならなかったようだか、そんなものは何の救いにもならない。
「ひ、ぅ……!」
引きつった悲鳴が喉をつき、ダンテは首をのけ反らせた。粘膜をうねうねと蠢く感触が、堪らなく
気持ち悪い。それにもかかわらず、ダンテの腰はすでに揺らめこうとしているのだから、ダンテが
愕然となるのは当たり前のことだろう。
「ぁ、や、う、ぅあっ……」
敏感な箇所を、ぬめったものがぐぐっと擦る。ダンテの反応を受けてか、薔薇がそこばかりを
責め立て始めたものだから堪らない。嫌だ嫌だと喚きながら、しかしダンテの躰は確かに快楽を
得ており。
「やぁっ、いや、ぁ、あっ……あぁっ……!」
陰茎と後孔と、そして胸の飾り。すべてを容赦なく責め立てられて、鈴口からはぽろぽろと
先走りの涙がこぼれ落ちる。それに白く濁ったものが混じるのは、もう間もなくと思われた。
ぬるりと、いっぱいに拡げられた蕾を別の根がくすぐるようにつつく。ダンテの尻がびくりと
跳ねた。まさか、とダンテは喘いだ。
「、いやだ、やっ……」
薔薇は更なる絶望をダンテに与えんと、すでにぎちぎちに犯しているそこへもう一本、根を
侵入させようとする。ダンテは蒼白になった。腰にぶら下がるガンベルトに、なぜ自分は触る
こともできないのか。悔しさに拳を握り締めたとき。
見知った蒼い閃光が彼の背後から薔薇へと伸び、ダンテは目を見開いた。
「ぁ……」
茫然とし、脳裏で名を紡いだときにはもう、ダンテは閃光を走らせた者の腕にすっぽりと抱き
抱えられていた。躰に絡み付いた根も、四肢を縛る蔓もきれいに取り払われている。瞬き一つの
間ですらない早業に、ダンテはぽかんと、自分を抱き締める男の秀麗な横顔を見つめた。
「……ばーじる……」
いつの間にか閉じていたらしい瞼を開けると、そこはやはりいつの間にやらよく知った場所に
なっていた。わけが判らずぼうっと視線を巡らせると、すぐ近くに兄の顔があってほっと
安堵する。兄の腕の中に抱き込まれているようだ。そう認識してしまえば、なるほど兄の低い
体温が心地好い。
ダンテはほぅっとため息を吐き、ゆっくりとまばたきをした。
「落ち着いたか」
兄の声はするりとダンテの耳に入って来たが、その意味までは判らなかった。きょとんとして
いると、兄は「なら良い」と一人納得してダンテの頭を撫でた。
しばらく、どちらも何も話さぬまま時間だけが過ぎていく。ダンテのほうはなぜだか口を開くと
いう気になれず、兄はそもそも無口なたちだ。
(なんで、だろう)
何かおかしい気がして、ダンテはぐるぐるとここに到る経緯を思い出そうとした。しかしそれも、
すぐにやめてしまった。兄が、ダンテの思考を止めるためかのように、顔を近寄せ彼の唇をゆるく
塞いだのだ。
「……余計なことは考えるな。眠れ」
なんで、と彼は反論した。兄はダンテの唇をもう一度塞ぎ、重ねて「眠れ」と囁く。
(なんで……)
二度目の反論は、しかしすぐに襲いかかってきた睡魔によって、声になることなくダンテの胃の
腑にどろりと溜まる。それを気持ち悪いと思う間もなく、ダンテの意識は黒に塗り込められて
いた。
「油断も隙もない……」
低い呟きが、ダンテの耳に届くことはなかった。
リクエスト第3弾、これでもかと触手でした。
あえての薔薇。触手っていうかこれ絶対痛いと思って根っこに…
正解か不正解か、ジャッジは心の中のみでお願いしたいと思います。
こうゆう出来上がりになりましたが、よろしければリク下さった方のみお納めください。
[08/10/27]